木造他阿信教上人坐像  【埼玉県指定有形文化財】 
南北朝時代       
像高   84.3cm

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埼玉県のお寺(浄土宗)
    
●修復前



●修復後





●修復中

Ⅴ 形状
 [本体]
  円頂。眉毛を彫刻であらわす。顔、首にしわを刻む。右目を細く眇める。閉口、口元を右に歪める。耳朶不環。両手は胸前にて合掌する。両領衫、偏衫を着ける。袈裟を偏袒に着け、紐を左胸前と左肩にて結ぶ。台座上に坐す。

[台座]
  畳座①(宝相華文の彩色を施す。)畳座②(彩色を施す。)框座(上框:見付部分に宝相華文の金具を付ける。胴:見付部分に宝相華文の金具を付けた柱と宝相華の透かし彫りを施す。下框:見付部分に宝相華文の金具を付ける。)

Ⅵ 構造・技法
[本体]
木造寄木造り(ヒノキ材)。内刳りあり。挿首。頭部は耳前にて前後に寄せる。玉眼を嵌入する。体幹部は4材を寄せる。(内刳り底部に前後左右4材を繋ぐ4本の枘の枘袋を残す。)背面に薄材2材を寄せる。両肩に体側材を前後2材で寄せる。両脚部に横2材を寄せ、裳先に2材を寄せる。両肘から先、両手先(後補)、両袖先をそれぞれ寄せる。像低は刳り上げて麦漆にて布を貼る。現状表面膠下地彩色。

[台座]
畳座①(四方より材を寄せ天板4材を寄せる。)畳座②(四方より材を寄せ、縁に天板を寄せる。)框座(四方より上下2段に板材を寄せ、上下框部分に四方より材を寄せる。胴部分には正面に窓を開け、背面より漆箔板を寄せ、透かし彫りを付け、柱材を寄せる。上下框の隅と正面中央、胴の柱に金具を付ける。)畳座2段は膠下地彩色。框座は、膠下地漆塗り、部分的に漆箔、金具に鍍金。

Ⅶ 損傷状況・後補箇所
●損傷状況
[本体]
 ・後補表面彩色が経年劣化し、剥離・剥落していた。

 ・長年のホコリ、ススにより汚れていた。
 ・後補表面彩色により造像当初の造形が埋まり、あまくなっている。
 ・鉄釘、鉄鎹が腐食し、膨らみ、周辺の木質部を劣化させており、構造的にも弱くなっていた。
 ・首の接合が離れて、前に倒れ安定を欠いていた。
 ・裳先の一部が欠失していた。
 ・虫食い穴が散在していた。
 ・像底の矧目に隙間が開いており、構造が弱まっていた。
 ・形状の欠失箇所がいたるところにあった。

[台座]
 ・畳座表面の彩色が経年劣化によって脆弱化し、剥離、剥落していた。
 ・使用されている鉄釘が錆びて膨らみ、周辺の木質を劣化させていた。
 ・框座の漆塗膜が剥離、剥落している箇所があった。
 ・框座の部材の接合が外れており、辛うじて金具で構造を保っている状態であった。
 ・框座の見付部の彫刻(宝相華)、背面の柱材が亡失していた。
 ・表面が長年のホコリ、ススで汚れていた。
 ・胴部分に漆を用いた修理が行われて違和感があった。

●後補箇所
 玉眼。両手先。像表面彩色。台座。

Ⅷ 墨書など
[台座内部]
  『 江戸駒込竹町
     大佛師石神芳蔵芳春 
     時文久二壬戌年 
      三月吉日之修復』

  『明治三拾年十二月七日 家内安全祈ル
          北足立郡志木町
          神佛師西山弥三郎
                時年廿七是レ修繕ス』           

文久二年(1862)、明治三拾年(1897)に修理が行われている。明治年間に火災にあって避難されたとお聞きしており、現在の表面彩色は明治30年のものと推定する。   

Ⅸ 修復所見
[本体]
 ・肖像彫刻としての完成度は非常に高い。今回は残念ながら後補の表面彩色を除去し、造像当初の造形を取り戻すことが出来なかったが、次の根本的修復に備え、除去しやすい素材を使用した。
・脆弱化した後補の表面彩色を強化し、剥落止めするのは非常に難しかったが、保存に耐えうるだけの強度を持たせる事が出来た。
・構造的にも像底や内刳り内部から矧目に合成樹脂を注入し、可能な限り、ステンレスの細ビスを入れて、強化した。
・報告書の末尾に、各地に残る他阿信教上人の肖像の作例を掲載した。比較検討を行ったが、同じ作者と推定される御像は発見できなかった。まだまだ、調査が進んでいない部分もあり、今後の研究を待ちたい。
・像内に大きく枘袋を残す御像は珍しく、運慶派の用いる刳り上げの像底など構造技法的にも特徴がある。時宗と慶派は非常に関係が深く、本像も慶派の制作した京都長楽寺像などの影響を受けていると考えられる。今後研究が進む事によって、本像の位置付けも明らかになると考える。

Ⅹ 修復基本方針
●像の造像当初の彫刻形状、歴史を尊重した修復を行った。
[本体]
・表面の後補の彩色を剥落止めし、現状維持を基本とする修復を行った。
・剥落止め及び補彩に用いる修復材料は、天然素材の膠・布糊を中心として使用し、当初彫刻表面を傷めないよう留意した。
・後補部材の手先などは使用した。
・部分解体。容易に外れる手先のみの解体に留めた。
・各矧目に像底や内刳り内部から合成樹脂を注入し、ステンレスの細ビスを入れて、出来る限り構造を強化した。

[台座]
・畳座部分は彩色を傷めないという観点から解体は行わずに内部からの補強を行った上で、腐食した釘を除去し補修を行った。
・框座部分は、構造が安定していることから内部補強を行い解体は行わなかった。

ⅩⅠ 修復工程
[本体]
1.搬出
   薄葉紙・紙座布団で損傷しないよう厳重に梱包した後、搬出を行った。
2.修復前写真撮影
   修復前の記録として、像全体と損傷箇所を写真におさめた。
3.燻蒸
   蒸散性の薬剤(文化財用)に同梱、封入し、燻蒸を行った。
4.剥落止め①
   経年劣化した後補彩色塗膜を強化するために、膠水溶液を含浸した。
5.剥落止め②
   剥離している後補彩色塗膜を、膠水溶液と電気コテを用いて剥落止めした。
6.部分解体
   手先を一旦解体した。
7.樹脂含浸強化
   腐朽し強度の弱くなっている部分にアクリル系樹脂パラロイドB72液を含浸し強化した。(特に裳先)
8.矧ぎ目強化
   部材の矧目の開いている部分に合成樹脂(エポキシ系樹脂およびアクリル系樹脂)を注入し、接合を強化した。また、内部からも注入し強化した。
9.釘除去
   鉄釘、鉄鎹は錆びて材を割ったり、イオンの影響で周囲の木質を劣化させていくことから、可能な部分を除去した。(彩色、構造の観点より振動を与えることが出来ないため非常に限定的に行った。)
10.釘穴補修
   鉄釘を除去した部分に、ヒノキの棒を差し込み補修した。
11.釘頭錆除去
   釘頭が腐食して膨らんでいる部分は錆を除去し、アクリル樹脂系接着剤を周辺の木質に含浸し強化した。
12.構造強化
   可能な部分に、ステンレスの細木ネジを入れ構造を強化した。特に像底から行った。
13.赤外線観察
   全ての部材を赤外線観察し墨書の有無を確認した。また、像内部を詳しく観察した。(残念ながら墨書などは発見できなかった。)
14.組み立て
   エポキシ樹脂系接着剤、麦漆、錆びないステンレス釘を併用して組み立てた。
15.修復銘札納入
   今回の修復の記録として、像名、修復年月日、ご住職様名、修復工房名などを記入した像修復銘札を像内に納入した。搬入時に経巻を入れた桐箱も納入した。
16.小欠失箇所補修
   小欠失箇所に漆木屎(漆+小麦粉+木粉)を用いて補修した。
17.新補
   裳先の一部は、ヒノキ材を彫出して新補した。(像底の穴に関しては、そのまま残し通気穴とした。)
18.下地補修
   補修部分および後補彩色補修部分にのみ、漆錆下地を塗布した。
19.補彩
   下地を施した部分にのみ周囲と違和感のないよう補彩を施した。
20.修復完成写真
   修復が完成した状態を写真に記録した。
21.修復図面作成
   修復した部分が分かる修復図面を作成した。
22.修復報告書作成
   修復前後や損傷状況、修復作業の写真を使用した修復報告書を作成した。
23.搬入
   薄葉紙・紙座布団で損傷しないよう厳重に梱包した後、搬送し、搬入を行った。
24.修復概要の説明
   御像を安置した後、修復概要のご説明を行った。

[台座](本体と重複する部分は省略)
1.清掃
   表面のホコリ、ススを除去した。
2.剥落止め①
   彩色部分と膠下地を強化する為に膠水溶液を含浸した。
3.剥落止め②
   彩色と漆塗膜を膠水溶液と電気コテを使用して剥落止めした。
4.内部補強
   畳座の内部に構造材を設け構造を強化した。
5.クリーニング
   彩色塗膜と漆塗膜と金具をクリーニングし、汚れを除去した。
6.釘除去
   鉄釘を可能な部分のみ除去した。
7.釘穴補修
   釘穴にヒノキの棒を差し込み接着し、補修した。
8.小欠失箇所補修
   漆木屎(漆+小麦粉+木粉)を用いて補修した。
9.新補
   大きく欠失している部分はヒノキ材を用いて新補した。(透かし彫りの宝相華2材、背面の柱材)
10.漆塗膜補修
   欠失した漆塗膜を復元すべき部分は膠下地を補い、塗り漆を塗った。
11.漆箔
   新補した宝相華と、補箔が必要な部分に漆箔を施した。
12.下地
   彩色の補修部分にのみ膠下地を施した。
13.補彩
   周囲と違和感のないよう、補修部分のみに顔料を用いて補彩を行った。

 ◆修復後記
 ・非常に現実感のある造形の御像でした。そこに信教上人がいらっしゃるよう。




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