木造阿弥陀如来立像    [市指定有形文化財]
上半身鎌倉時代13C半ば  下半身江戸時代(承応二年=1653)   像高   109.0cm 

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福島県の寺院(浄土宗) 

●修復前
  

●修復後





●胎内の修理願文(元文元年)



●もう一体の阿弥陀(ボランティア修復)


 Y 形状
[本体]
螺髪旋毛型。肉髻。肉髻珠。白毫。耳朶環状。三道相をあらわす。左手は垂下し、掌を正面に第1指第2指を捻じる。右手は屈臂し右胸前で、掌を正面に第1指第2指を捻じる。内衣、覆肩衣、衲衣、裙を着ける。(覆肩衣を右腹前でたるませ、衲衣にたくし込む。衲衣の初層を左胸前で上層に懸ける。衲衣を右肩に少し懸ける。衲衣の端を左肩に懸ける。)

Z 品質・構造
[本体]
寄木造り(造像当初は、一木割り矧ぎ造り。当初部ヒノキ材、後補部ヒバ材)。内刳りあり。玉眼嵌入。上半身は頭体幹部を一材より彫出し、耳後ろにて前後に割り矧ぐ。割首を行う。両体側材を寄せる。腹から下の後補部分は前後に材を寄せ、体側材を寄せる。胎内の上下の接合部に構造材を寄せる。両袖内側垂下部に別材を寄せる。左手首と袖口を矧ぎ、右手先と前腕を寄せ袖口に差し込み矧ぎとする。両足先を矧ぐ。両足?別材新補。肉髻珠、白毫、玉眼水晶製。当初部表面は、肉身部:布貼り、漆塗り、金泥塗り。衣部:布貼り、漆塗り、漆箔。後補部表面は漆塗り漆箔。

 [ 損傷状況・後補箇所
●損傷状況
[
本体]
・東日本大震災で転倒し、頭部、両手先、両足先、右袖が外れた。
・左袖の割れ。
・両手先の指先など細かく割れた部分もあった。(欠片は保存されていた)
・台座、足?が無くなっており、像だけで自立し安定が悪かった。

●後補箇所
下半身。両手先、両足先。両袖。衣部漆塗り漆箔。厨子。 

\ 墨書など
[胎内下半身]
『承応第二癸巳歳
  奉修補古佛尊像 
  作者 会津若松城下住
           大堀彦三郎
                昌久(花押)敬白』          ※承応二年=1653

[胎内の古文書] 
 詳細は写真解説に掲載 
 承応二年(1653) 修理願文か。信心施主心誉運西の名。運慶作との伝承があったことも分かる。壇紙(白色顔料を混ぜて漉いた紙)を使用。包紙(現状)36.0×30.5本紙94.5×33.7巻いた状態34.5×4.2。

] 所見
・腹から上が13世紀半ばの御像。造像当初の表面処理と共に、非常に素晴らしい造形が残されている。服制も(覆肩衣を右腹前でたるませ、衲衣にたくし込む。衲衣の初層を左胸前で上層に懸ける。衲衣を右肩に少し懸ける。衲衣の端を左肩に懸けるなど)この時期の特徴をよくあらわしている。腹より下が承応二年(1653)の修理により補われたと考える。
・目の形が少し改造されていたが復した。
・承応2年の修理時に頭部が下に落ち込んだ状態で接合されており、当初は後頭部は解体せずに修復を進める予定であったが、後頭部も一旦解体して頭部を元の状態に復した。
・胸や顔面等は造像当初の布貼り漆塗り金泥塗りが残されている。衣部分は、後世に塗り直されているが、当初の漆塗膜の断文が見えている。承応二年の修理は、造像当初の表面処理や造形を尊重して、非常に苦労して造像当初の造形を伝えている。何らかの事情で損傷し、大掛かりな修理が行われたと考える。
・その後、厨子に入れる際に足ホゾが切られ、台座が無く自立していたことで、安定が悪く、東日本大震災の揺れで転倒してしまったと考えられる。
・厨子は長年御像をホコリやススなどから守ってきたが、底面に「本尊御厨子」書かれており、本像が元々善性寺の御像ではなかったことから、他像のものを転用されたと考える。
・地震による転倒で大きな損傷を被ったが、細かい欠片を保存していただいていてありがたかった。

]T 修復工程
修復基本方針
・御像の歴史を尊重した文化財としての修復を行う。安易な塗り直し修理は行わなかった。
・体幹部の構造は安定していたため解体は行わずに、外れてしまった部材や欠片を接合するなどして補修を行った。

[本体]
1.搬出
  薄葉紙、紙座布団などを使用して厳重に梱包して搬出した。 
2.修復前写真撮影
  修復前の状態を写真に記録した。
3.剥落止め@
   金泥や下地、布貼りに膠水溶液を吸わせ、強化した。
4.剥落止めA
  剥離している漆塗膜を膠水溶液と電気コテを使用して貼り付け直した。
5.合成樹脂注入
   矧目の開いている部分から合成樹脂を注入して構造を強化した。
6.解体写真撮影
  解体した状態を写真に記録した。
7.修復銘札納入
  今回の修復の記録として、尊像名、修復年月日、ご住職様名、震災で被害を被った事、修復工房名などを桧板に墨書していただき、像内に納入した。次回の修復時に子孫が目にする大事な記録となる。胎内から発見された、承応の修理願文も紙に包んで胎内に戻した。
8.組み立て
  細かな割損部分を接合していきながら、部材を組み立てた。
9.補修
   矧目や形状の欠失箇所を漆木屎(漆+小麦粉+木粉)を用いて補修した。
10.下地
   補修した部分にのみ下地を塗布した。
11.補彩
   下地を施した部分にのみ、周囲と違和感のないよう、漆や顔料、金箔を用いて補彩を施した。
12.新補
   足ホゾと台座をヒノキ材を用いて新補した。
13.松煙蒔き仕上げ
   台座は、艶消しの松煙蒔き仕上げを行った。
14.修復後写真
   修復後の状態を写真に記録した。
15.修復報告書作成
   写真を用いた修復報告書を作成した。
16.搬入
   薄葉紙、紙座布団などを使用して厳重に梱包して搬送した。 
17.安置
   修復工程のご説明後に像を安置した。

 


◆修復後記
・江戸初期に大きな損傷を受け、下半身を切除して作り替えたた御像を、当初の造形をそのままに残すように修理した仏師の心意気を後世に繋げた。
・江戸初期にすでに運慶作の伝承が出来ていた事が興味深い。


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