木造金剛力士立像 [福島県指定有形文化財]
鎌倉初期 
 [阿形]像高(左手先) 175.0      重量 54kg
          [吽形]像高      167.0      重量 51kg

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福島県のお寺(真言宗)

◆修復後記
・失われた彫刻形状が多く、どこまで復元を行うべきかが難しい修復でした。
・工夫して、濡れ色を極力抑え、木の風合いを残して木質を強化出来ました。
・まず、細かい穴を表面の一段下に埋め、彫刻の形状が繋がって見えるように処置し、その後、復元すべき部分を補いました。
・内刳りの無い、ケヤキ材の重い像が両足首から切断されていましたので、自立させる工夫を行いました。
・手なとの大きな部分は補わないという判断をしました。
・このような手法で、全国の損傷の激しい損傷仏(欠け仏)を修復処置していければ、これ以上損傷しないように自立していただく事が出来るのではないかと思います。

●修復前


●修復後



背面の支え棒。自立を助けます


●損傷状況








ブロアで詰まった砂を吹き飛ばすと沢山の穴になる。。。


●修復作業
樹脂含浸強化。濡れ色にならない工夫をした。

解体





補修経過。ふくらはぎの筋肉表現がよく分かるようになりました。

 

形が繋がり復元すべき部分が見えてきた。
足ホゾを補い、ステンレスの棒を入れて構造を強化した。

 X 形状
 [阿形]
  三山髻。元結。瞋目。開口。上歯を見せる。面はほぼ正面を向く。左手は屈臂し振り上げ、掌を右に五指を捻じ持物(金剛杵か:現状亡失)を執る。右手は垂下し、掌を下に五指を開く。上半身裸形。裙(折り返し付き)を着け腰紐をまく。腰を左にひねり、左足を立脚に、右足を遊脚にし、右足をやや踏み出して立つ。

 [吽形]
  三山髻。元結。瞋目。閉口。肩をいからせる。左手を屈臂して外方に張り腰にあてる。右手は屈臂して脇腹につけ前に出す(手先現状亡失)。上半身裸形。裙(折り返し付き)を着け腰紐をまく。腰を右にひねり、上体を左に傾け、右足を立脚に、左足を遊脚にして、左足をやや踏み出して立つ。

Y 品質・構造
 [阿形]
  木造一木造り(ケヤキ材)。内刳りなし。元結紐を別材で寄せる(現状亡失)彫眼。現状素地をあらわす。木心をほぼ中心にこめた一材で、髻から両足首まで彫出する。左手は肩と肘と手首で別材を寄せる。右手は肩より一材を寄せる。両足首先(後補)を各一材で彫出し、各足首より彫出された?を両足踵の?穴に差し込んで両足を矧ぐ。

 [吽形]
  木造一木造り(ケヤキ材)。内刳りなし。元結紐を別材で寄せる(現状亡失)彫眼。現状素地をあらわす。木心を像中心よりやや背面ににこめた一材で、髻から両足首まで彫出する。両腕は体幹部材と同木より彫出される。両足首先(後補)を各一材で彫出し、各足首より彫出された?を両足踵の?穴に差し込んで両足を矧ぐ。

Z 損傷状況・後補箇所
 ●損傷状況
 [阿形]
  ・全体に表面が風化して、木目が目立っていた。
  ・長年のホコリが木目の中に詰まっていた。
  ・木質が腐朽により脆弱化した部分があった。
  ・木質が層状に剥離しそうな部分があった。
  ・全体に木質が脆弱化していた。
  ・右肩の材、左手指、鼻、下顎などが欠失していた。
  ・彫刻の欠失部分が多かった。
  ・右手持物(独鈷杵)が亡失している。
  ・大きく干割れが生じている部分があった。
  ・自立出来なかった。

 [吽形]
  ・全体に表面が風化して、木目が目立っていた。
  ・長年のホコリが木目の中に詰まっていた。
  ・木質が腐朽により脆弱化した部分があった。
  ・木質が層状に剥離しそうな部分があった。
  ・全体に木質が脆弱化していた。
  ・彫刻の欠失部分が多かった。
  ・両乳首が亡失していた。
  ・両手先が欠失している。
  ・左腕が割損していた。
  ・正面に大きな干割れが生じていた。
  ・自立出来なかった。

●後補箇所
 [阿形]
  右手先。両足首先。台座

 [吽形]
  両足首先。台座

[ 修復工程
 修復基本方針
  ・御像の歴史を尊重した文化財としての修復を行う。安易な塗り直し修理は行わない。
  ・復元は最小限度に留め、オリジナルの造形を見やすくする現状維持修復を基本とする。
  ・像全体にある、小欠失は現状の表面よりも一段落としたところまで補い、彫刻の量感を取り戻した。
  ・台座は後補ではあるが、現在このような大きな材木はなかなか流通しておらず、框座を補って使用し、支柱を框座に差し込み自立を助けとした。

[阿形]
  ・顎、鼻部分、左手指、右手持物(独鈷杵)の復元は行わなかった。
  ・腹前の干割れは埋めて補修を行った。背面の大きな干割れは木材の吸排湿の動きの為にそのままとした。
  ・右肩材の復元は、構造を保つ為に行った。

[吽形]
  ・顔面の造作は残った彫刻形状を追いつつ、補修を行い、元々の造形を見やすくする。過度な復元は避けた。(顔の左半面はよく復元出来たが、右半面の過度な復元は行わなかった。
  ・亡失した両乳首は、阿形像を参考に補修した。
  ・体幹部前面の干割れは、今後動く事もあるかと考えるが、補修する事とした。
  ・両手先の復元は行わなかった。

●修復工程
 [本体]
  1.搬出
     薄葉紙、紙座布団などを使用して厳重に梱包して搬出した。 
  2.修復前写真撮影
     修復前の状態を写真に記録した。
  3.解体
     部材を一旦解体した。
  4.鉄釘・鉄鎹除去
     鉄釘・鉄鎹は、錆のイオンの影響で、木質を劣化させるためこれを全て除去した。
  5.釘穴補修
     鉄釘、鉄鎹を抜いた部分にヒノキの棒を差し込み接着し、釘を打つ際に再利用した。
  6.清掃
     表面のホコリを刷毛・ブロアなどで除去した。木目に詰まったホコリと砂を除去すると、予想以上の損傷が現れた。矧面の接着剤などを除去し、清掃した。
  7.木質剥落止め
     木質が剥落しそうな部分には、アクリル樹脂を注入し剥落止めを行った。
  8.含浸強化
     木質の脆弱化した部分に濡れ色が出ないよう工夫して、アクリル系樹脂を含浸強化した。
  9.解体写真
     解体した状態を写真に記録した。
  10.補修
     欠失し、補修すべき部分を漆木屎(漆+小麦粉+木粉)と樹脂木屎(合成樹脂+木粉)を用いて補修した。
  11.新補
     大きな欠失部分(阿形右肩など)は、ヒノキ材を彫出し新補した。
  12.組み立て
     麦漆、エポキシ系接着剤、ステンレス釘、ステンレス鎹等を併用して組み立てを行った。
  13.足首?調整
     足首の?や?穴、足?や足?穴を補修して、足先を接合した。
  14.足?新補
     足裏に足?をヒノキ材にて新補した。
  15.ステンレス棒挿入
     足?裏から足首にかけて、16mmのステンレス棒を挿入し、構造を強化した。
  16.矧目処理
     部材の矧目を漆木屎(漆+小麦粉+木粉)を用いて充填整形した。
  17.修復銘札納入
     今回の修復の記録として、ご住職様に桧板に墨書していただき、台座底面に取り付けた。次回の修復時に子孫が目にする大事な記録となる。
  16.色合わせ
     補修部分のみに周辺と違和感のないよう補彩を施した。
  17.修復完成写真
     修復後の状態を写真に記録した。
  18.修復報告書作成
     写真を用いた詳細な修復報告書を作成した。
  20.搬入
     薄葉紙、紙座布団などを使用して厳重に梱包して搬送した。 
  21.安置
     修復工程のご説明後に像を安置した。講演会で修復行程のご説明をさせていただいた。

[台座](本体と同工程は省略)
  1.含浸強化
     木材が腐朽している部分にアクリル系樹脂を含浸し強化した。
  2.補修
     欠失箇所を漆木屎を用いて補修した。
  3.框座新補
     ヒノキ材を用いて框座を新補した。
  4.框座漆塗り
     框座に漆下地を施し、松煙錆によって艶消しに仕上げた。
  5.支柱新補
     像だけでは自立が出来ない為、背面に支柱を新補し、ステンレスワイヤーで像を固定出来るようにした。

\ 修復所見
  ・ケヤキの一木造りで、内刳りがなく、特に吽形については両腕を同木から彫出しているという古風な構造技法であるにもかかわらず、非常に動きのある彫刻表現を行っている。鎌倉初期の作例としても非常に貴重な仁王像である。
  ・欠失した部分を推定復元することは可能ではあるが、現代の文化財修復の倫理に基づいて過度な復元は行わずに、現状維持を基本とした修復を行うことで、御像のオリジナル部分の彫刻を生かした修復を行った。
  ・補修は現状の表面よりも一段落として行い、元々の造形を毀損する事なく、彫刻の量感を取り戻す手法をとった。
  ・阿形左腕と思っていたものは、右腕であった。
  ・木目に入っていたホコリや砂を除去すると、表面の損傷は予想以上に大きく修復は困難を極めた。
  ・木材の風合いを残しつつ、合成樹脂を含浸して強化する方法を用いる事が出来た。
  ・鼻や顎、手先など大きく欠失した部分も多く、また、表面の損傷が大きく彫刻表面が大分失われていた中で、過度な推定復元を行わずに、元々の御像の雰囲気を損ねる事なく、彫刻としての量感・迫力を取り戻すのは困難であった。
  ・非常に重い御像が足首から外れてしまっており、自立させる為に、足?を新補し、足首内にステンレスの棒を挿入するなど様々工夫した。
  ・後補の台座を生かして、支え棒を設置し像の自立を助ける工夫をした。


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