◆◆仏師系図◆◆ |
平安中期〜鎌倉時代の仏師の系図です。仏師は定朝を祖として、三つの派に別れていきます。運慶、快慶を輩出した慶派が有名ですが、平安時代までは院派、円派が貴族階級(平氏)と結びつき、隆盛を極めていました。鎌倉時代になると、貴族の世の中から武士(源氏)の世に移り、慶派の出番が回って来たのです。
現在でも「慶派の末流」とか「院派の末流」の仏師のひとは存在します。
※仏師系図は『日本仏像史』 美術出版社を参考にさせていただきました。
まめ知識 |
・定朝以前の仏師の名前はなかなか記録に表れてきません。それは、像に署名を残すという習慣がなく、仏師という存在を記録した文書が、貴族の日記に散見する程度にしか残っていないという事が理由に上げられます。しかし、その存在を特定する事ができませんが、仏像自体は伝えられており、沢山の仏師がいたのは分かります。慶派の仏師が有名なのは記録や署名を沢山残しているという側面もあります。名前の伝わっていない仏師こそ日本の仏像史をかたち作ったと言えます。
・慶派の祖 康慶は、実は奈良仏師の嫡流(正当な後継者)ではないと思われます。嫡流の成朝が何らかの理由で早くに亡くなったと推測しています。成朝の作品は現在確定出来るものはありません。
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